弘前大学 医学部

【合格者の声】固い絆で結ばれたパートナーと 勝ち取った医学部合格

2014年度最終合格者 荒井玲音さん 弘前大学医学部医学科 合格

夏合宿にて・熱心に見直しを行う。
夏合宿にて・熱心に見直しを行う。

~小学校から高校時代まで~

 

 小学校時代の我が家のルールは「学校から帰宅した後、毎日5時から、学年×10分の勉強タイム」で、母が用意した市販のワークブックに姉弟で取り組んでいました。

 

 中学に入ると、親から勉強について言われることはなくなり、よくもわるくも「自己責任」でした。中学校でも成績は上位でしたが、私の学年は上位層が例年よりも多く、互いの存在が励みになっていました。所属していた吹奏楽部の練習が終わった後は、授業のない日も、地元の東進系列の塾、育英舎に通い自習していました。

 

 医師になりたいと思ったのは中1の時です。「総合的な学習の時間」に見たビデオに映っていた、発展途上国に暮らす子どもたちの状況に強いショックを受け、海外青年協力隊などの活動に興味をもちました。そして、そうした団体で医師だからこそできることを考え、志すようになりました。

 高校は地元の公立で最難関の水戸一校に進学しましたが、入学後最初のテストでは、見たこともないひどい成績に驚きました。皆が中学まで常に成績上位者の、同じような成績の生徒ですから当然といえば当然でした。このことが刺激となり、高1の1学期から勉強に真剣に取り組むようになりました。

 

 医学部志望でしたので、高2からは理系コースに進み、国公立を志望していました。.高校でも引き続き吹奏楽部に入っていましたが、この頃、先輩から「合奏の足をひっぱっているからもっと努力するように」という趣旨でとても厳しい指導を受けました。そこからは部活ばかりになり、朝6時に自宅を出、始業ぎりぎりまで練習、早弁をしてお昼も練習、放課後も19時過ぎまで練習をするという生活になりました。その後高校の近くの東進に通い、22時までは座っていたものの、授業でも自習でも寝てしまうことが多くなりました。


 それでも高2の前半まではなんとか成績を維持できていましたが、夏のコンクール前からはさらに部活一色の生活になりました。塾よりも楽器のレッスンを優先するようになり、また、テスト期間中に部活が休みになるときも、楽器を自宅にもちかえって吹いていました。
そんな調子で迎えた高3の頃には、すでに成績は下から数えたほうが早い状態になっていました。部活は、確実に実力はついてきていましたが、大会で結果がでず、燃え尽き症候群のような状態で8月に引退しました。


 私の高校では、国公立の医学部が狙えるのは上位50位と言われていましたが、その頃の私にははるかに遠い状態。しかし、どうしても医学部に行きたかったために浪人を覚悟し、残された期間でできるだけ基礎を埋めようと努力しました。
 高2から2年間受けもっていただいた担任の先生には、ずいぶん助けて頂きました。生物担当でしたが海外生活経験もあり英語も話せる方で、生物、化学、英語の補習をして下さったり、部活のことも相談にのって下さったりと、熱心に指導、応援してくださいました。


 本番までに残された数カ月で、センター対策をし、せめて足切りにかからないレベルにはしようと、基本的な問題集を各教科最低一周することを目標にしましたが、さすがに短期の詰め込みでは結果がでるわけもなく、現役時のセンター成績は6割とひどいものでした。英語は直前模試で9割とれていたのに、本番では5割。ましだったのは、国語と生物の8割、地理で7割。数学と化学にいたっては履修完成していない状態でした。前期は記念に鳥取大学を受験しましたが、本当に記念に終わりました。

~ 一浪目前半の成功と独学の限界、そして二浪目 ~


 水戸一高の浪人生の大半は、一高生には「特待」がある地元の駿優予備校に通うのですが、私はそれまで通っていた東進で浪人することに決めました。大人数での授業が自分には合わないと思ったことや、多くの人がそこで仲間とつるんでしまうと聞いたからです。
ただ、難関である医学部に、衛星予備校だけで臨むことに不安があり、医学部専門の予備校についても調べてみました。現役のセンター試験が終わった頃に高校の担任の先生から頂いた『医療系データブック』(大学通信)に、「地方で一人で頑張る受験生のための教材選びと勉強法」や、「医学部二次試験、志願書・面接・小論文対策」という記事を書かれていたエコール麹町メディカル(EKM)のことを知り、相談だけでも…と伺いました。


 センター試験が終わってすぐに相談希望の連絡をし、母と渋谷の教室まで伺って、教室長の瀬戸先生に面談していただきました。地元で東進に所属する私の現状をふまえて、医学部最終合格のために必要な点数、そこに至るまでの目標点数と勉強のスケジュールを具体的に示していただき、とても頼もしく、浪人生活にむけた不安が吹き飛びました。


 自宅から通える東進をメインにしつつも、EKMの学習計画に沿って、月に1,2度の個別指導と計画調整を受けながら、受験勉強を進めようと決心しました。
 衛星予備校では、映像授業はあるものの、基本は「独学」になるので、学習計画は非常に重要でした。朝から晩まで予備校に通い、6月までに東進の本科視聴を速習で終わらせました。計画は順調に進み、「夏までにセンターで7割後半~8割」の目標をクリアしました。
しかし、勉強すればするほど出てくる疑問を、衛星の予備校ではなかなか消化することが難しく、月に1,2度のEKMの個別指導では時間が足りなくなってきました。


 また、一浪目の後半になると体力的にも疲れが出てきて、さらには気持ちの面でも「今年もだめなのではないか」と不安が強くなり、相談する仲間もいない中で、徐々に成績の伸びが悪くなっていきました。
 結果として、1浪目のセンター本番は8割ジャストでした。現役時の6割からすればずいぶん上がったものの、後半の失速がそのまま表れてしまいました。計画では、後半に養っていくはずだった二次での記述力も身についておらず、まさに「自学自習」の限界でした。
 苦しんだ一浪目の後半でしたが、それでも結果が出た科目は、生物(センター満点)、現代文(センター95点)もありました。一方数学では、高2で勉強しなくなった頃からの範囲である、数列、ベクトル、そして数ⅢCの全般で苦しみました。


 EKMの勉強方針に沿い、一度やった問題は何度も繰り返し、完璧にするよう心がけました。しかし、独学での弱さもあり、なにか一つに一所懸命になるとその他に時間がまわせなくなり、EKMで指定された問題集にも手がまわらず、途中で計画を何度も修正して頂きました。
 二次での逆転は難しいとはわかっていましたが、私のセンター得点(の傾斜)が活きるところ、二次力の足りない理科を避けて英数の2科目で戦えるところから、秋田大を選んで受験しました。私立は女子医大だけ受験しましたが、過去問も2年ほど見ただけで、結果は不合格でした。

~そして迎えた2浪目。~

 

 両親との約束で、「最後の一年」でした。
 1浪目は、東京での生活への不安から無理だと決めつけていましたが、母から「EKMならば、瀬戸先生もいるし大丈夫よ」と背中を押され、勇気を出して上京。予備校の本科に在籍しました。2浪目には、現役時代、1浪目にできなかったこと、つまり、「敗因」のほぼすべてを克服することができ、本命の国公立医学部最終合格に至ることとなりました。

~ 合格するための受験計画の立て方 ~

 

 受験計画については、100%、EKMの本科の方針に従っていました。
 おおまかにいうと、夏までに基礎・標準レベルを一周。秋からは同範囲を応用・発展レベルにうつして演習を中心にもう一周。直前期には、過去問対策という構成です。
 また、1か月単位では、最初の3週間は授業で理解し質疑応答で定着させ、最後の1週間で一度進度はストップして前3週間の大復習(スコレーテスト)という構成。
 そして1週間単位では、5日間がノルマを進める日、2日間が復習定着と予備日。復習は、1日の終わり、週の終わり、そして月の終わりで最低三回実施します。私は、スコレーテストの前後にも2回実施して、ひとつの範囲を(前期だけで)全5回復習しました。
 
 私は、高2以降の勉強の遅れを引きずっていて、まわりの人と比べて常に自分が遅れているという意識が強く、それが焦りにつながり、計画で無理をしてしまうことが多々ありました。特に、夏には無理な計画を立てていましたが、それをみた塾長自ら、優先順位をつけ、修正管理をしてくださいました。EKMでは、単に計画を作成するだけでなく個人の特性も加味して管理修正してくださったので、2浪目は後半も不安に陥ることなく、勉強に集中することができました。

塾長による小論文指導の様子(EKMでは国私の志望を問わず、現代文・小論文の指導を重視します)
塾長による小論文指導の様子(EKMでは国私の志望を問わず、現代文・小論文の指導を重視します)

~合格を決めた勉強法~


 自分の特性から、私立よりも国公立、応用力よりも基礎を重視していました。医学部の専門予備校では、私立専願のところが多いので、国公立併願を推奨して指導しているEKMはありがたい存在でした。


 基礎の重視という点では、例えば化学でいうと、受験勉強の前半=基礎・標準レベルでは『エクセル化学』を使い、後半では『重要問題集』(=重問)を使いましたが、重問を解いているときも、何度もエクセルに戻っていました。

 

 また生物も、やみくもに新しい問題にあたるのではなく、用語を正確に理解して説明できるようにすることに重点を置き、頻繁に資料集や図説に戻りました。一浪目で唯一完成したといえる生物は、その際に使っていた東進のテキストに、EKMでの授業で先生から得た情報もすべて書き込んで集約していきました。

 

 ノート法としては、あとで検索するときの利便のために、ルーズリーフは片面のみ使用しました。パラパラと見直せるため探す分野がみつかりやすいことと、並べれば、数学等の自分の解答の全体を見わたすこともできるからです。
 また、勉強の目安として、暗記用に様々な色のペンを使ってコピーの裏紙にひたすら書き、1日1センチ分のインクを使うことを目標にしていました。

 志望校の情報集めも、すべて予備校におまかせしていました。「あなたは勉強だけに集中して」と、計画管理や情報収集を行ってくれました。まさにこの部分が、私の医学部進学の決め手ともいえるところで、以下に詳しく述べます。

~受験する大学・学部を決めるまで~

 2浪目の受験では、「センター試験で82%を切ったら、医学部には出願せず、前期も後期も大阪大学の看護に出す」と決めていました。看護師や養護教諭の仕事にも前向きに興味をもっていましたし、2浪までという両親との約束もあり、これはほぼ「確定」していたことだったので、センターリサーチもすべて看護で書いて出しました。
 しかし、塾長の原田先生と教室長の瀬戸先生のお二人による進路指導・受験校選定は、違いました。前期は医学部、弘前大学の定着枠に出すようにとおっしゃるのです。これは、かなり衝撃的な提案でした。


 私はセンターの不出来がショックで、もう医学部に受かるわけがないと思っていましたし、先生方を全面的に信頼していた両親でさえも、さすがに医学部への出願には反対で、徹底して「守り」に入る出願プランでいたからです。
 しかし先生たちは、「看護なら慶應や聖路加に受かる。」と断言され、せめて前期だけは「攻め」で医学部に出すようにとおっしゃいました。かなり弱気になっており、慶應や聖路加はかなり厳しいと思っていたのですが、医学部志望者と看護学部志望者の学力分布差や、2014年度入試の傾向(新課程突入を避けて浪人を嫌うのは医学部より看護に多いので、みなが志望を下げてくる)などを踏まえての「読み」を語られました。


 悩んだすえ、高校時代の担任の先生にも連絡をとり、自分の成績や両親の考え、予備校の先生の考えを話してみたところ、「客観的にみて、予備校の先生方の意見が的を射ているように思う。一年間荒井を一番そばでみてきてくれた人だし、医学部受験のプロだから、その判断に賭けてみてはどうか。」とアドバイスをいただきました。

 

 結果として、先生方のおっしゃったとおり、私立の看護学部は慶應まで含めてすべて合格。弘前は、正規合格はでませんでしたが出願に後悔はなく、慶應の看護に進学することに決めました。ところが3月の28日になって、弘前大学の医学部から「追加合格」の連絡がありました。夢のようでした。あのとき、EKMの先生方のことを信じて、勇気をもって出願して本当によかったと思います。

 

~試験本番の思い出~


 定着枠は、現役生が多いせいか、通常の医学部入試の雰囲気とは異なっていました。受験会場が大学ではなく弘前高校だったせいもあったかもしれません。

 

 問題を解き終わってもできたという実感はありませんでした。しかし、答案回収時に、ちらっと見えた、いかにも現役生風の隣の席の子が、ほぼ白紙答案だったのを見て、自分の「できる/できない」の感覚が、現役時に比べて成長したのかなと感じました。

 

 面接は、個人形式では終始和やかでしたが一方の集団形式は、かなり厳しめの圧迫で、泣き出してしまう子もいました。ただ、二次の面接対策については、EKMで年間を通じて授業で取り組み、かつ、私立看護の二次対策でも個別練習を重ねてきたので、私は自信をもって対応できました。追加合格がまわってきたのは、学力で足りなかった部分を、この二次で挽回できたからに違いないと思っています。

 

 ちなみに、入学者の現浪比は4:6という感じです。AO枠が定員の4割なので、逆に、一般入試はほとんど浪人ということになります。


~ 後輩へ向けて ~

 

  私は「追加合格」という本当にギリギリの合格だったので、みなさんにアドバイスできるような身ではありませんが、晴れて医学部に進学できたのは、予備校の先生の受験校選定の判断を「信じて」出願したからです。このような信頼関係を築くことができる相手と出会えるかどうかは縁や運も左右すると思いますが、この合格大作戦の中での他の方の情報などもふまえて、真剣に学ぶ場を探すべきだと思います。また、このような信頼関係の構築はもちろん、学力の向上も、一朝一夕には成しえません。その点では、小学校時代から勉強習慣をつけてくれた両親や、高校時代の厳しかった部活動にも感謝しています。


(2015/02)お母様とともに、あらためてご挨拶にお越しくださいました。瀬戸教室長とともに。自分に厳しく他人にやさしい荒井さん。きっとよい医師になることでしょう。スタッフ一同、荒井さんの将来をこれからも応援しております!


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