東京医科大学 医学部

M.W さん ~他学部進学から再受験~

合格祝賀会にて
合格祝賀会にて

◆ 現役から仮面浪人を決意するまで
 私は、現役の時から医学部を志望していました。しかし、出身高校は大学の附属で、カリキュラムは受験向きでなく、入試に必要な履修範囲は、冬までにぎりぎり終了したものの、十分な演習もできず、予想通りに医学部受験は「全滅」となってしまいました。
 そして、あきらめきれず、浪人しました。一年目の浪人生活では、模試の成績も、センター本番の成績も、高校時代と比べて格段に上がりました。しかし結果は、私立医大の一次合格止まり。結局、両親に二浪を勧められたものの、二浪というプレッシャーが精神的に苦痛すぎて、反対を押し切り、某私大薬学部に進学しました。
 薬学部に進学後も、両親からは休学して仮面浪人をするように言われ続けましたが、まずは大学に慣れたいというのと、「仮面浪人が成功するのは一割のみ」というネット情報を言い訳にして、「どうせ無理なんだから」と受験勉強は何もしませんでした。あべこべに大学のサークルに熱を入れ、さらにはアルバイトにまで始めてしまいました。医学部に未練がなかったわけではないのですが、知名度のある薬学部への進学と、そこで出来てきた人間関係、大学生活自体にも満足を感じていたのでした。
 夏休みになると、両親は仮面浪人をさらに推してきて、仕方なく、駿台の夏期講習を受講することになりました。この時は、確か古典と英語を受講しましたが、どちらも大学に入学してからは全然触れていなかったので、忘れている部分が多く、英語に関しては読むスピードがかなり落ちていて、なぜか、ショックでした…(一浪時、英語は得意な方だったこともあり)。
 私は、このようにどっち付かずの状況でしたが、私の母は行動的でした。密かに医学部の再受験に定評がある予備校を探して、話を聞きに出向き(後日聞いた話では結局のところ二校だけだったそうですが)、私の現役・一浪時の話をし、合格の可能性をヒヤリングしてきたのです。いずれの予備校でも、「もう一浪しなかったのはもったいない」と言われたらしく、両親は「専門予備校の見立て」という加勢を得て、今までより強く再受験(仮面浪人)を勧めてきました。大手予備校の夏期講習をとってはいたものの、仮面浪人は「絶対に無理」と言い張っていた私ですが、根負けして、渋谷にある予備校なら、仮に通うことになっても定期券の区間内だし・・・などと軽い気持ちでエコール麹町メディカル(EKM)を訪れました。少し手を抜いて受験した学力診断テストの点数が悪くて、きっと「仮面浪人は諦めましょう」と言われると思っていました。
 そういった流れで、EKMの受験相談に臨みましたが、EKMと大手医系予備校で10年以上にわたり再受験生を指導してきた教室長の瀬戸先生から、「夏にこのぐらい点数が取れていれば私立医大は受かる」、「大学を休学しなくても合格は不可能ではない」等の言葉があり、断固として仮面浪人を拒否していた私も、「もしかして来春は医学部に合格?」という言葉が頭をよぎりました。
 こうなると、具体的なイメージを固めるしかありません。「先生の話に出てきた何年か前のこういった受験生は…」、「数学と化学はなんとかなりそうだから、あとは物理と英語を仕上げれば…」など考えつつ、それでも、自分のモチベーションが果たして最後までもつのかなとか、仮面浪人で受かった人なんか見たことがないなとか、いろいろと考えてしまって、その場での入塾は決断できませんでした。しかし、その後数日に渡り、家族と何度も話し合い、「大学は休学しない」という条件で、EKMの本科夜間部へ所属することとなりました。(本科夜間部は、高校生や、主に社会人などの再受験生を対象とする夜と土日のコース。)
 
◆ 半年間の仮面浪人?生活
 薬学部での勉強、人間関係などに、そこそこ満足していた私は、「もしこれでも医学部に合格しなかったらそのまま薬学部を卒業しよう」と思っていたので、落ちた時のことも考えて、大学の勉強もおろそかにせず、授業にはきちんと参加し、学校の後に予備校での課題に取り組む、塾通いをする現役高校生のような生活を送っていました。
 薬学部の友人には再受験のことは話していなかったので、予備校の課題が終わりそうもない時は、友人たちの目を盗みつつ、内職をして…と忙しく勉強に励みました。まさに寸暇を惜しんで勉強を再開しました。しかし、これが実に充実感・爽快感のあるものでした。
 考えてみれば、社会人の再受験生に人たちも、こうやって受験勉強をしているわけで、忙しいとむしろ時間効率が上がることもあるんだな、と妙に納得したりしていました。
 EKMでは、英語はクラス授業で倉林先生の授業を、物理はプライベートレッスン(個別授業)で進藤先生の授業を受講ました。 
 英語は、現役の頃に比べてかなり読めなくなっていたので、このままだと大学での勉強にも支障を来すと考え、かなり真剣に取り組みました。とくに、構文をとりながら和訳する練習は、文法の復習も兼ねており、総合的な英語力の向上に役立ちました。ただ、今思うと、退屈な単語暗記を全くやらなかったことを後悔しています。私のような時間がない仮面浪人生だと、英文をたくさん読んで拾える語彙数が、一般の受験生に比べて少なくなってしまうからです。語彙力不足を補うには、やはり、単語帳などで網羅的な語彙の習得をはかるのが得策だったと思います。
 物理は、現役時から苦手だったので、個別授業で、基礎部分の解説から入ってもらい、その後、問題演習、そして、各問題の抑えるべきポイントなどを詳しく説明していただきました。並行して、化学の暗記事項の確認なども行っていただきました。進藤先生は、物・化・生すべてをマスターしているEKMの理科主任でしたので、理科に関する総合的なアドバイスを受けられ、ラッキーだったと思います。
 ちなみに、数学は、個人的に青チャートを進めていましたが、途中で「1対1対応」に切り替えて、淡々と進めていました。
 当初、仮面浪人は絶対にやりたくないと言いはっていた私ですが、予備校で課題を出され、チェックを受けるという一つの「制度」があると、必ずやらなくてはならないと考える元来の生真面目な性格も幸いして、それなりに受験勉強を続けることができていました。やはり、環境作りは、何事においても大切だと実感しました。
 また、こんな状況下でも、ほそぼそと続けていたサークルとアルバイトは、私の仮面生活にプラスに働いてくれました。サークルは、人間関係も良好で居心地がよく、私の好きな音楽を演奏できる、よい気分転換の場になりました。アルバイトは、塾講師として中学生に数学を教えていましたが、高校数学の基礎となる中学数学を再確認でき、さらに中学生ならではの“閃き”を身近で感じる機会も得ることができました。意外と思われるかもしれませんが、この経験はセンター数学で大いに役に立ちました。
 ちなみにサークルもアルバイトも、12月までそれぞれ週一のペースで続けました。

◆ センター直前期
 12月末、ようやく大学の授業が終わり、遅まきながら、いよいよ受験に本腰を入れる時期です!(笑)。もちろん、この時期になると仮面浪人をやりたくないなどと言っている余裕はなくなり、もはや、やるからには結果を出さなければ、という心境に至っていました。
 というわけで、まずはセンター試験です。私は国公立第一志望で、センター試験に間に合わないかもしれないという焦りもあり、直前の一ケ月ほどは、完全にセンターの範囲しか勉強しませんでした(この選択はほぼ賭けに近く、少し怖かったのですが)。
 たとえ問題集や模試であっても、点数が低かったりあまりにもできない問題が多いと、私の性格上、精神的に追い込まれ、不安になることは、今までの経験からわかっていました。だから、直前期は、駿台の青パックはじめ、難しい問題集等はあえてやらないようにしていました。センター本番では、今までにないほど緊張しましたが、できなかったら薬学部に戻ろうというポジティブシンキングで受験し(笑)、なんとか乗り切りました。
 自己採点の結果、英語で大きく失敗してしまい、微妙な点数でしたが、全体的にみると、比較的点数の良かった一浪時とあまり変わらない点数だったので、気持ちの面ではそれほど大きな衝撃を受けずに済みました。(793点/950満点)

◆ 私大受験
 センターが終わると、次は私立大学に向けての試験勉強でした。並行して薬学部の進級試験、またもう一つの進路として理工学部編入も見据えていたので、大学の試験勉強も手は抜けず必死にやりました。再試となると私大の二次試験と被る可能性もあったからです。大学の期末試験は一月末に終了、再試もなく進級が決まり、二月からは完全に受験勉強だけの生活になりました。二月最初に受験した私大は勉強が間に合わなかった上、レベルが高いこともあり全然ダメでしたが、過去問もあまり手を付けられず、半ば諦めぎみで受けた東京医科大学では一次合格となり、すぐに二次対策をしてもらいました。
 小論文は、この一年間、一度も触れていなかったため書き方を忘れ、不安が大きかったのですが、塾長の原田先生に、二次試験直前(前夜)まで添削指導をしていただいたおかげで、どうにか形になり、間に合わせることができたと実感しました。面接対策は、EKMならではの徹底したものでした。一度大学を経験している再受験生としてどのように考え、答えるべきか、等々を、こまかく対策・指導していただき、準備万端な心境で臨むことができました。(とくに再受験生は、志望理由の作りこみなどを決して舐めてかからないことが重要だと思います)
 ところが、当日は面接試験があっけないくらいに短く、医学部志望理由などオーソドックスな質問もありませんでした。直後は「終わった…」と絶望感を感じました。しかし、塾長先生に相談すると、学力的にも、性格的にも問題がないと判断された受験生は、時間の省略のため「さっさと面接を終わらせる」という面接の一般的傾向があると言われ(就職活動でもそうだと聞きます)、実際にそうだったようでした。(面接時間の短さで心配するのは杞憂でした)。
 いずれにせよ、先生から「短いのは良かった証だ」と励まされ、正規は無理でも補欠合格はおそらくは回ってくるだろうと思い直し、ほどほど良い気持ちで国立大学受験に臨めると思っていました。
 しかし、現実は、そう完璧には進まないものです…。

◆ 国公立前期試験
 なんと、前期試験の直前、やる気が一気に消えてしまいました!面接で「終了」と思った都内の私立医大で、予想外に(先生の予想通りに)、補欠枠に合格したのです。しかも、補欠上位だったので、昨年と同じ状況なら、確実に合格が回ってきます。「燃え尽き症候群」というやつでしょうか、これでもう終わりでいいかなと思うようになってしまいました。
出願していた地方の国公立大学との地理的な差(東京にいると情報が速い、人との交流も盛んである等)を感じてしまったり、私大の方が設備が良いのでは…、など様々な考えが頭の中をぐるぐると廻り、「慣れない田舎に行くよりは、東京にいたほうは良いのではないか」、こんなことばかり考え、勉強に気持ちが向かなくなってしまいました。
 さらに、前期受験校は、地理的なことを優先したため、配点パターンは、私の得意な化学は低く、苦手な英語が高い、そして集団面接と小論文にも比重がおかれているという状況で、不安要素がかなり多かったため、ナーバスになってしまいました。結局、全力で受験したものの、合格には至らず、後期試験に望みを託すこととなりました。ですが、ここでも一悶着あったのです…。

◆ 国公立後期試験
 前期試験の結果が出る前に、東京医科大学の補欠合格が回ってきました。この時点で、一年間在籍していた大学からは完全に退学することは決まったのですが、いざ退学が現実的になると、所属していた大学(私大のトップ校)のブランドに強い未練を感じるようになってしまったのです。人間の心理は不思議なもので、いざ手元から離れようとしているものは、より価値があるように感じてしまうようです。
 また、そんな自分に、ほんとうに将来医師としてやっていけるのだろうか、自分のこともよくわからないのに人の命をあずかることができるのか、医師の責任はとても重くそれを背負えるのかなどと考え、自信喪失状態に陥ってしまいました。
 医学部に進学するのが少し怖くなりました。そして何をするのが自分に一番適しているのか全くわからなくなり、後期試験へのモチベーションが下がってしまったのです。そんな中、塾長先生との面談で、「医学部は他の学部と比べて将来の仕事の場が広がる」、「大学のブランドについては、経歴として大学に在籍していたことが残る」ということを聞き、とりあえずは受験に行こうと思いなおしました。が、心の中ではずっと迷いが生じているままでした。
 
◆ すべてが終わり…
 最終的には、国公立大学への進学には至りませんでしたが、在籍していた薬学部は退学することにし、東京医科大学に進学することとなりました。迷いもありましたが、今では、医学部に行くからにはしっかり勉強しようと決断し、さまざまな迷いや回り道した経験を糧に、立派な医師となることを目標に据えています。後期試験を受ける前になぜか色々な考えが交錯してしまいましたが、現役の時からずっと医学部志望だったことを振り返り、この約半年間の仮面浪人生活の苦労を鑑みて、医学部進学という結果となりました。やはり、先生にアドバイスされた通り、将来選択できる仕事の広がりを考えると、薬学部卒としてのキャリアよりも、医師になる方が自分には合っていると考えることができたのが大きかったと思います。

◆ 浪人生、再受験生へのメッセージ
  大学に通いながら受験をする人はそれほど多くないと思いますが、休学せずに実行(受験)することにはメリットもあります。大学に行っていれば、そこの授業が意外な面で役に立ったり、気分転換の場になったりすることもありました。大事なのは、自分が後悔しないかどうかだと思います。仮面浪人自体は嫌だったけれど、もしかしたら心のどこかではそれをすることに後悔はないと考えていたのかもしれません。肩の力を入れずに「なんとなく」軽い気持ちでも、まずは受験勉強を始めてみることも一つなのかもしれません。
 私のような形での浪人生活、受験体験は、かなりレアケースで、決してマネすることを推奨できるものではありませんが、こういう悩み・迷い・経験を皆さんにお伝えすることで、少しでも気持ちが楽になる人がいてくれればという思いで、この手記を書きました。この体験記を読んで、何人かの人でも、「私もやってみよう」と思っていただければ、大変うれしいです。
 とにかく、やる前にあきらめてしまわずに、ぜひ挑戦し、最後まで頑張ってください!!

◆ 最後に、お世話になった人たちへ
 仮面浪人に迷いつつ、やる気のない状態で入塾し、半ば流れに身を任せた受験生活を送りましたが、最終的な進路決定に至るまで、最後まで面倒を見てくださったのは現役時代から通してもEKMだけでした。各学科は個別で指導していただき、さらに面接や小論文だけでなく願書までしっかり添削してもらい、万全な対策のもと、それぞれの試験に臨むことができたと思います。短い間でしたが、本当にありがとうございました。
 そして、このような私の悩みを一緒に共有し、時には喧嘩をしながら一緒に戦った両親に、この場を借りてお礼を言いたいと思います。

ETOH Nao さん [公募推薦]

数学の指導主任だった佐藤先生(左)と、衛藤さん、東京医科大の入試説明会に「親子」に間違えられながら二人で参加した原田塾長(右)
数学の指導主任だった佐藤先生(左)と、衛藤さん、東京医科大の入試説明会に「親子」に間違えられながら二人で参加した原田塾長(右)

東京都出身/私立・S女子学院高等科卒
東京医科大学医学部医学科 公募推薦 最終合格

私は小学校からエスカレーター式で高校まで進学し、付属の大学に行かないということは決めていたものの、かなりのんびりした学校生活を送っていました。高校で文理選択をするときも、とりあえず理系にしておけばいつでも文転できるし…、といったかなりぼんやりとした理由で理系を選んでしまったので(笑)、その後「絶対に医師になりたい」と決意したとき、すでにスタートを切っている周りの友達を見て非常に焦りました。

また、私はいわゆる「社会」の授業で扱う事柄に深い興味を持っていて、高2の終わりに全日本高校生模擬国連大会というものに参加し、さらに高3の5月にはその全米大会に参加したので、本格的な受験勉強を始めるのはかなり遅くなってしまいました。

理系科目を履修しているとはいえ、比較的文系志向で、学校のテストである程度の点数をとって満足していた私が、そんな時期からのスタートで現役合格は難しいのではないかと自信をなくしていたときに家族ぐるみのつきあいがある知人から紹介していただいたのがエコール麹町メディカルでした。

通い始めてまず感じたのは、教科を超えた全体的なサポートが充実している、ということです。私は数学(佐藤先生のセミプライベートレッスン)、化学、生物(三宅先生の本科ゼミ)の授業を取りましたが、突然英語の長文読解や小論文のテキストを渡され、やって持っていくと先生方は丁寧に添削して返してくださる、ということがよくありました。

また、数学は2名、理科は6~8名の少人数のクラスであることから、非常に質問しやすかったというのが大きかったです。それまで、大手の塾に行っても授業を受けるだけ受け、わからないところがあっても先生には会えず、中途半端な理解のまま終わるということが少なくなかった私には、疑問をじっくり聞いてくださる先生がいることは学習の大きな助けとなりました。

そうして、夏から本格的に受験勉強を始めた私ですが、その頃、東京医科大学の公募推薦があることを知りました。現役合格にもこだわっていた私は、一般に絞ろうかギリギリまで迷っていたのですが、チャンスを増やす意味で挑戦することにしました。そうと決めると、塾長の原田先生は、東京医科大学の質問受付まで一緒に行ってくださって情報収集をし、小論文の対策のための個人的な講義、面接練習等の充実した対策をとってくださいました。

本番では、筆記もありましたが、あくまで一般を意識して勉強してきたからこそ推薦の試験でも落ち着いて問題を解くことができ、また小論文、面接でも練習したことを思い出しながら、かなり落ちついて臨むことができたと思います。

特に、この試験で合格をいただけたのは、私が一つ一つのことをできる限り頑張るという姿勢を持ち続けたことに起因するのではないかと思います。周りの受験生が学校のテストで手を抜きはじめても、やはりテストで低い点を取るのは悔しいので常にベストを尽くそうとしたり、模擬国連も最後まで全力で挑戦したりといった日々の努力が、学校で学年から一人の推薦をいただくとき、そして推薦入試での選考においても、知らず知らずのうちに役立っていました。

最後に、エコール麹町メディカルの渋谷本校教室には、さりげなくNews WeekやTIMES、日経サイエンスなどの雑誌が置いてあります。さらに、哲学が専門でもある塾長の本棚には、Russelや昨年話題になったMichel Sandelの本もありました。私は勉強の合間にそれらを読んで休憩していましたが、あれは私の好奇心を刺激するとともに、英語の力、そして考える力を育ててくれていたのではないかと、今になって感じています●


小西 彬 さん(仮名) [公募推薦] 

東京都出身/私立・A学院高等部卒

東京医科大学医学部医学科 公募推薦 最終合格

 

出願指導から、面接・小論文対策、学科試験対策を受講し、合格。

先輩の衛藤さんからの受験情報、学生生活の様子などの情報を得て、学科試験、面接試験共に、自信を持って臨むことが出来きました!